発見できるように創られ

「しかし、下等動物から発達してきた人間の知性に基づく信念に、何らかの価値があるのか、信頼に値するのかという恐ろしい疑問が沸き起こってくることがある。サルの知性の信念を信頼する人がいるだろうか、もしこのような知性の信念があるとしたなら」(1)

これは1881年チャールズ・ダーウィンが書いた書簡からの引用です。彼を悩ませていたのは、人間の知性は信頼に足るのか、という見解についてでした。人間が、無原則で非理論的な物理的過程に分裂し、進化したのなら、どうして私達の知性は理論的だと言えるのでしょうか。

「私達の知性を信頼出来るのか?」「真実だと推論出来るのか?」そして「どうして、またどのようにこの世界を理解できる能力を獲得したのか?」といった疑問に、長年この偉大な思索家は囚われてきました。人間の知性は驚歎に値します。私達には、他の全ての生き物を凌駕する知的理解力が備わっています。そして自然淘汰の要件を超える認識能力があると言えそうです。自然淘汰は真理値には関与せず、むしろ生存価に関わります。真理或いはそうでない信条も、十分に生存という結果になるのです。これを例をとって考えてみましょう。ジョンとマークは、混雑した高速道路を目隠しして走り渡る、という任務が与えられました。ジョンの認識力は完璧に機能しています。これを命じられた時、これはとてつもなく危険なので拒否する、という結論に達しました。一方マークの認識力は正常に機能していません。交通が全くないと信じるに達しました。同時に、誰かが足を地面に糊付けしたと思いました。従って道路を横断するに至りませんでした。この簡単な例が、生存は真理に付随するわけではない、ということを説明しているでしょう。驚くべきことは、私達の知性だけではなく、私達は同時に理論的世界に生きているということです。今一度明確にしましょう。もし全てが非理論的、盲目的、不規則的物理的過程の単純な副産物だとしたら、結果として論理的に不適格な世界が残るはずです。しかし実際は、際立った法則に則った数学的に理路整然とした世界があります。人は理論的本質や世界の秩序に魅了されます。アインシュタインは供述しています。「宇宙の想像を超えたものは全て想像できるものである。」(2) 私達は秩序立った理論的な世界に生きています。秩序は無秩序からは現れません。空中にデタラメに放たれたなぐり書きの欠片が、地上で理論的文章を綴るなど考えられないでしょう。理性は非理性からは成り立たないのです。そのようなことを信じることは不条理です。無から何かが生じたと主張しているようなものだからです。

人類は、科学的見地からすると、飛び跳ねてバウンドするように進化しました。しかし科学的でありうる二つの基本的必須条件、論理的思考と論理的世界が構築されていません。一方が存在し、他方が存在しないというのは、科学的には非存在を示します。科学的である為には、両者が同時に巧みに統括的に機能する必要があります。思い起こす類推は、錠と鍵です。理論的世界の錠を開けることが出来る鍵となるのが論理的思考です。

ここで不信論者はもう一つの問題に直面するでしょう。どうして私達は、世界の秩序と理論を、理解出来る知性を持っているのか?鍵と錠は偶然では合わない、合うようにデザインされているはずです。この事が神の存在の意味を、解明します。理性は非理性からは生み出されません。そして私達自身の知性は、盲目的、非理論的力の産物にすぎず、それを信頼できないと言うのならば、自分の知性は信頼するに足り、理性は理性からのみ生まれると主張できる最善の答えは何でしょうか。全知全能の存在(神)が世界を創造し、感情を持つ生物を造り、理論的能力をもたらせた、と考えるのが最も的確な説明となるでしょう。

クルアーンの中で、神が人間に、神の存在を証明するよう求めることは、ほとんどありません。代わりに、神は私達を、自明の理である神の存在を問う者から、神を崇拝する者へと昇華させています。一つの方法として、神は私達の目を神の創造物へと向かわせることで、具現化しています。神の証拠を見出せる神の創造物を見ることを勧めています。こうした証拠を熟考し、振り返ることで、神の威厳と創造力を理解出来るのです。そうして自然と、私達は神が崇拝に値すると知り確信するようになるのです。

クルアーンで神は言っています。「本当に天と地の創造、また夜と昼の交替の中には、思慮ある者への印がある。」(3)

こうして美しい結論が導かれます。神は人類に、理性的知性と理性的世界を与えてくれました。私達はこの事実を反映し、人類を創造し全てを与えてくれている神を崇拝する、という人間の目的を成し遂げるのです。全てを創造し、与えてくれている存在は、まさしく崇拝に値します。

リファレンス

[1] Darwin, C. R. to Graham, William. 3 July 1881.

 

[2] Santillana, Giorgio de and Hertha von Dechend. Hamlet’s Mill: an Essay on Myth and the Frame of Time. Boston: Godine, 1977.

 

[3] The Qur’an, Chapter 3, Verse 190

 

 

 

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